いろんな妖怪たちと出会ったからなのか、あれ以来黒い靄ではなく、ちらほらと妖怪の姿を見ることが多くなった。たまに電車の中で人間にちょっかいをかけている妖怪を見かけることもある。
 たまに名簿を狙う余所者の妖怪が近付いてくるけど、作間くんとお菊さんが助けてくれる。鬼火が頬をかすめることもあるけど。

 ぬらりひょんの名簿は、未だに私の手元から離れようとしない。
 もう大丈夫だろうと思って本谷さんに渡したものの、家に帰ると当然のようにテーブルの上に置かれていた。

 相変わらず名簿はボロボロで汚れており、中のページは滲んでしまって読み取ることができない。しかし、最近になって表紙の【滑瓢】以外に読める箇所が出ていることが分かった。

 煤で汚れ、墨が滲んだページの中に【小豆洗い】、【酒吞童子】、【百々目鬼】の文字がはっきり読み取れる。他にも【妖狐】や【雪女】などが浮かんでいるものの、うっすらとしか読めない。
 浮かんできた名前はすべて私が商店街で出会った妖怪たちの名前なんだろうけど、なぜ浮き出ている文字と読めない文字があるのか。情報の整理に時間がかかって頭の中がパンクしてしまう私に、この謎は解けない気がする。
 
 そういえば最近、本谷さんがよく出掛けることが多くなった。
 店番を頼んでその日のうちに帰ってくるけれど、どこに行って何をしているのかは全くもって謎だ。一度だけ何をしていたのかと聞いてみたけど、いつもの笑みを浮かべてはぐらかされてしまった。

 いつか、作間くんが本谷さんのことを「人と妖怪を傍観している変わり者」だと言っていた。

 よく考えてみれば、山田書店の店主で変人であること以外、彼に関しては何も知らない。なぜ彼が妖怪について詳しいのか、名簿の存在をどこで知ったのか。
 問い詰めても「書庫で読んだ」だの適当に理由を作るかもしれない。はたまた、責めるように問い詰めれば、奇妙な動きをしながら喜ぶのだろう。