二年間働いていた飲食店を辞めて、一ヵ月が経った。

 あれから掛け持ちで入っていた工場のアルバイトを増やし、時々商店街の手伝いをするようになった。

 手伝いといっても、山田書店では本谷さんが私用で出かける時に店番をして、総菜屋「まめや」で一緒にお惣菜を作ったりしている。書店に居れば、お菊さんが膝の上で昼寝をするし、余ったお惣菜は持ち帰っていいと言われて有難く貰っている。豆太くんのおはぎを買いに、清音さんと牡丹くんが来ることもある。

 以前よりも稼ぎは減ったが、その代わりに自分がしたいこと優先して働いている。ストレスで蕁麻疹の症状が出ていたのも、ここ一ヵ月ですっかり治っていた。飲食店で働いていたときよりも、睡眠時間は長く取れている気がする。

 コーヒーを扱っているカフェで働きたいと思いつつ、また同じことがあったらがどうしようとトラウマ気味で、ここ暫くは求人サイトを開くのを躊躇っている。
 いつになるかはわからないけど、もう少し経ってからまた面接を受けてみようとは思う。

 結局、店があの後どうなったのかはわからない。
 制服を返しに一度だけ寄って石田さん達と話してきたけど、店長の独裁国家は悪化する一方で、もう歯止めがきかないらしい。「久野は本当に良いタイミングで辞められたよ」と、アルバイト全員が苦笑いをしたくらいだ。

 店長とマネージャーには、あの日以来会っていない。
 私が二人の顔を見たくなかったのが本音だが、おそらく彼らも同じだろう。
 噂を聞く限り、順調に会社の本部への道のりに進んでいるらしい。この先、いろいろバレて「何もできなくて可哀想」と冷ややかな視線に囲まれてしまえばいいと思う。……こういうこと、あまり言っちゃ駄目なんだけどね。

 二人に住み着いた【百々目鬼】の行方も知らない。今頃彼らの体で優雅に暮らしているのかもしれないし、とっくに別の住処に移っているのかもしれない。