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「さっきも少し話したけど、その和装本は遥か昔、【妖怪の総大将】と謳われたぬらりひょんが自分の配下にいる妖怪の名前を書き残した名簿なのさ。
 ここ近辺の地域はそのぬらりひょんの領地でね、名簿に名前を書いて配下に置くことを交換条件として、妖怪がこの地で生活することを許可した。
 勿論、よくテレビや漫画で見かける忠誠を誓う盃も交わしているよ。
 名簿を作った理由はわかっていない。ただぬらりひょん自身が几帳面の変わり者で、身寄りのない妖怪を自分の領地に住まわせ、危機が迫った時にはすぐ駆け付けるほど、優しく慕われる存在だったと、彼らは皆、口をそろえて言っている。
 そんなぬらりひょんがある日、忽然と姿を消した。
 居なくなったかと思えば、すぐ戻ってくる彼の行動を知っている多くの妖怪たちは、いつものことだと思って誰も探すことをしなかった。短くて数時間後、長くて三日。遠い地域の領主に会いに行って一ヵ月戻ってこなかったこともあった。
 それでも彼は必ず戻ってきた。だからこの日も誰も気に留めなかったんだ。
 しかし、三か月が経っても帰ってこないことに嫌な予感がした妖怪たちは、ようやく近辺を探し始めた。
 ぬらりひょんが帰ってくる気配は一向になかった。
 するとそこに、一人の人間が彼らの前に現れて『渡してくれと頼まれた』と、名簿と共に手紙を差し出したんだ。
 手紙にはぬらりひょんの字で、野暮用で領地を無期限で不在にすること、戻ってくるまで人間と共存することを命じると書かれていた。
 更に名簿にかけられた妖術によって、一部の領地がぬらりひょんの力によって余所者の妖怪から守られていることがわかると、多くの妖怪が集まって生活するようになった。
 ――その領地がこの商店街周辺なのさ。
 昼間の商店街でも妖怪が混ざっていたりするから、もしかしたらお嬢さんもどこかで会っているかもね。
 しかし、名簿があるからといって領地が守られているとは限らない。
 妖力は有限だ。妖怪が消えれば名簿の妖術は無効になる。近頃はどうやら結界が弱まっているようでね、余所者が入ってきてはぬらりひょんの名簿を寄越せと怒鳴り散らしている。実力行使の名残が残っている妖怪は、奪えば勝ちとでも思っているんだろうね。
 実際に名簿にはかなりの妖力が込められている。しかも妖怪の総大将の妖力だ。欲しがらないわけがない。
 いつしか『ぬらりひょんの名簿を手にすれば領地を統べる力を得る』と噂されるようになった。
 最近、頻繁に鬼が商店街に現れているって言っただろう?
 彼らは名簿の噂を聞きつけてやってきたんだ。彼らを見つけるたびに、商店街の妖怪が見回って追い出す日々が続いている。
 困ったモンだよ。触れられないまじないが掛かっている名簿を、どうやって彼らに差し出せば良いんだろうね」

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