駅の方から歩いて商店街に入るとあまり気付かないが、立ち並ぶ店の終わりには古びた木造建築が一軒建っている。
出入り口に掲げられた看板には「山田書店」と書かれており、この商店街の中で一番古い店らしい――と、ヒロさんが言っていたっけ。
本谷さんに連れられて書店に入ると、奥にある座敷に通された。外観の割には綺麗に整頓されており、田舎のおばあちゃん家に里帰りしたときの懐かしい匂いがした。
併設されているの台所で何かを落とす音が聞こえてきたけど、今の現状が理解できない私の耳にはほとんど入ってこない。
暫くして二つの湯呑を乗せたお盆を持って本谷さんが戻ってきた。
「何もないところで退屈だろうけど、せめてあの二人が帰ってくるまで待っててね。はい、お茶」
「あ、ありがとうございます……?」
受け取った湯呑に口を近づけようとすると、お茶の中で何かが浮かんでいるのに気付いた。
茶柱……にしては歪な形をしている。
「……これ、毒とか虫とか入ってたりとか……しませんよね?」
「んー? なんだーい?」
あ、なんか入れたなこいつ。
丸眼鏡ごしの笑顔を見ながら湯呑をちゃぶ台にそっと戻す。
鬼に襲われていたとはいえ、勢いでここまで連れてこられたのは何か企みでもあるのだろうか。確かにもし本谷さん達が来なかったら、今頃金棒の餌食になっていたのかもしれない。
黒い靄の下で見えた骨の手も、鬼の本来の姿もこの目で見てしまった。
これが夢でなければ何を信じればいい?
……いや、そもそも鬼に襲われること自体、にわかに信じ難いんだけどね?
とにかく今はこの変人と同じ空間にいることが何より怖い。まだ肩を貸してくれた青年の方がどれほどよかったことか。
落ち着かない私を見て、年季の入った座布団に座った本谷さんが見透かしたように笑う。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。彼らなら上手く切り抜けられるさ。ここ最近、商店街に出てくる鬼の数が頻繁に目撃されていてね。昨日の夜も一緒にいたんだよ?」
「え? でもバーには……」
「ん? ……ああ、そっか。丁度お嬢さんが帰った後に入ってきたから会ってないのか。それでも今日、初めて会った彼らがキミを逃がして鬼を鎮めようとした……なんて素晴らしい! これを運命の友情と呼ばずなんと言おう? どうだ、友情の記念として、ボクと乾杯しようじゃないか!」
「いや、意味がわからないんですけど……なんかダサいし」
「うわぁ……お嬢さんも冷たくあしらうタイプの子だね……いいねぇ」
あ、この人本当にヤバいかもしれない。
若干緩くなった口元と羨ましそうな眼の色から、身の危険を感じた。
「そんなことより、この状況を説明していただけませんか? どうして鬼に襲われたのか心当たりがないし、私には鬼も喋る狐も、名簿のことも信じられないんです。これって現実に起こってることですか? それとも私、帰ってる途中で死んじゃったとか? なんでもいいんです、教えてください!」
リュックから和装本を取り出してちゃぶ台の上に置く。ボロボロの和装本をじっと見つめた本谷さんは、丸眼鏡を直してから口を開いた。
「じゃあ話すけど――お嬢さんが商店街から入ってここに来るまで見えていたものは、全て現実に起こっていることだよ。キミ自身が電車で寝過ごしている訳でも、死んだわけでもない。その証拠と言っては何だが、キミの左足首にはがしゃどくろに掴まれた痕が残っている。あの時感じた恐怖も痛みも、本物さ」
本谷さんに言われて自分の左足を確認する。左足の丁度くるぶしの上あたりに、大きな細い五本の青紫色の線がくっきり残っている。痛みはもうほとんど感じないが、掴まれたとはっきり残った痕が気味が悪い。
「妖怪って、その……人間を襲ったりするんですか?」
「んー……なんとも言えないね。少なくともここら辺の妖怪は人間に友好的だよ。今回お嬢さんが狙われたのはおそらく、リュックに入っていた和装本が関係しているんだと思うんだよね」
「……この本、一体何なんですか?」
少し長くなるよ、と一言置いて本谷さんは語り始めた。
出入り口に掲げられた看板には「山田書店」と書かれており、この商店街の中で一番古い店らしい――と、ヒロさんが言っていたっけ。
本谷さんに連れられて書店に入ると、奥にある座敷に通された。外観の割には綺麗に整頓されており、田舎のおばあちゃん家に里帰りしたときの懐かしい匂いがした。
併設されているの台所で何かを落とす音が聞こえてきたけど、今の現状が理解できない私の耳にはほとんど入ってこない。
暫くして二つの湯呑を乗せたお盆を持って本谷さんが戻ってきた。
「何もないところで退屈だろうけど、せめてあの二人が帰ってくるまで待っててね。はい、お茶」
「あ、ありがとうございます……?」
受け取った湯呑に口を近づけようとすると、お茶の中で何かが浮かんでいるのに気付いた。
茶柱……にしては歪な形をしている。
「……これ、毒とか虫とか入ってたりとか……しませんよね?」
「んー? なんだーい?」
あ、なんか入れたなこいつ。
丸眼鏡ごしの笑顔を見ながら湯呑をちゃぶ台にそっと戻す。
鬼に襲われていたとはいえ、勢いでここまで連れてこられたのは何か企みでもあるのだろうか。確かにもし本谷さん達が来なかったら、今頃金棒の餌食になっていたのかもしれない。
黒い靄の下で見えた骨の手も、鬼の本来の姿もこの目で見てしまった。
これが夢でなければ何を信じればいい?
……いや、そもそも鬼に襲われること自体、にわかに信じ難いんだけどね?
とにかく今はこの変人と同じ空間にいることが何より怖い。まだ肩を貸してくれた青年の方がどれほどよかったことか。
落ち着かない私を見て、年季の入った座布団に座った本谷さんが見透かしたように笑う。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。彼らなら上手く切り抜けられるさ。ここ最近、商店街に出てくる鬼の数が頻繁に目撃されていてね。昨日の夜も一緒にいたんだよ?」
「え? でもバーには……」
「ん? ……ああ、そっか。丁度お嬢さんが帰った後に入ってきたから会ってないのか。それでも今日、初めて会った彼らがキミを逃がして鬼を鎮めようとした……なんて素晴らしい! これを運命の友情と呼ばずなんと言おう? どうだ、友情の記念として、ボクと乾杯しようじゃないか!」
「いや、意味がわからないんですけど……なんかダサいし」
「うわぁ……お嬢さんも冷たくあしらうタイプの子だね……いいねぇ」
あ、この人本当にヤバいかもしれない。
若干緩くなった口元と羨ましそうな眼の色から、身の危険を感じた。
「そんなことより、この状況を説明していただけませんか? どうして鬼に襲われたのか心当たりがないし、私には鬼も喋る狐も、名簿のことも信じられないんです。これって現実に起こってることですか? それとも私、帰ってる途中で死んじゃったとか? なんでもいいんです、教えてください!」
リュックから和装本を取り出してちゃぶ台の上に置く。ボロボロの和装本をじっと見つめた本谷さんは、丸眼鏡を直してから口を開いた。
「じゃあ話すけど――お嬢さんが商店街から入ってここに来るまで見えていたものは、全て現実に起こっていることだよ。キミ自身が電車で寝過ごしている訳でも、死んだわけでもない。その証拠と言っては何だが、キミの左足首にはがしゃどくろに掴まれた痕が残っている。あの時感じた恐怖も痛みも、本物さ」
本谷さんに言われて自分の左足を確認する。左足の丁度くるぶしの上あたりに、大きな細い五本の青紫色の線がくっきり残っている。痛みはもうほとんど感じないが、掴まれたとはっきり残った痕が気味が悪い。
「妖怪って、その……人間を襲ったりするんですか?」
「んー……なんとも言えないね。少なくともここら辺の妖怪は人間に友好的だよ。今回お嬢さんが狙われたのはおそらく、リュックに入っていた和装本が関係しているんだと思うんだよね」
「……この本、一体何なんですか?」
少し長くなるよ、と一言置いて本谷さんは語り始めた。