「あんた、あのアパートに住んでるの?!」
「そうです。だから、園に連れて行くのとそう変わらないはずです。そういう日は私がかの子ちゃんと一緒に保育園へ行きますから」
「いや、そうじゃなくて、だってあのアパートは…!」
「こづえ、のぞみの言う通りにするといい。私もなるべくその時間にのぞみのアパートへ行くようにするよ」
 唐突に会話に割り込んで紅がこづえににっこりと微笑む。こづえは何かを言いかけていた口をつぐんで視線を泳がせたあと、ゆっくりと頷いた。
「…わかりました。そうさせてもらいます」
 そしてややおざなりに頭を下げて、今度こそ森へ消えてゆく。その後姿が見えなくなってからのぞみは紅を振り返った。
「あのアパートに何があるんですか」
「ん?…どうしてそんなことをきくんだい?」
「だってみなさんなんだか、アパートのことを気にしていらしたから。…もしかしてあそこに人間が住むのは都合が悪いのでしょうか」
 のぞみは紅とサケ子どちらどもなく尋ねる。けれどサケ子の方はどこかよそよそしくのぞみから視線を逸らすと、「さぁ、店じまいだ」などと呟いて保育園へと入ってゆく。
 残された方の紅が答えた。
「いや…べつにそんなことはないよ。ただ…そうだな、そういえばたしかにあのアパートに人が住むのは初めてかもしれない」
 少し歯切れの悪い紅の言葉にのぞみは再び口を開きかける。だがすぐに別の話題に遮られた。
「それよりのぞみ、かの子のこと、ありがとう。こづえもあれで子思いの母親だから、安心しただろう。特別手当を出しておくからね」
 のぞみは首を振った。
「それはべつに…」
「いや、本当に助かったよ。サケ子も嫌がらせで早く連れてくるなと言っているわけではなくて、彼女は午後四時までは起きられないんだよ。そういうあやかしなんだ」
 のぞみは頷いた。