「あのアパートに住むからって何なんですか?」
 親たちが皆仕事へ出てから、のぞみは紅に尋ねる。
 それに対する彼の答えは、「さぁ? …いずれわかるかもしれないね」という、曖昧なものだった。これはまた何かあるとピンときたのぞみだけど、それを更に追求する暇はなく、保育士としての第一日目が始まった。
「私は少し山へ行くからその間はのぞみは事務所にいて。子どもたちをみるのは、私が帰ってきてからにしてもらうよ。側にいないと"ぞぞぞ"を食べてあげられないからさ」
 紅の言葉に、のぞみは情けない気持ちになった。子どもたちが怖いなんて、あやかしの先生失格だ。でも、"がんばります! やってみます"ともまだ言えない。
「すみません」
 しょんぼりと肩を落とすと、「気にしないで」と紅は微笑んだ。
「事務作業をしてほしいんだ。実はサケ子も私も、どうも事務は苦手でさ。君を雇ったことを役所へ届け出なきゃいけないから、申し訳ないけどその書類を作っててくれないかな?」
 意外すぎる紅の言葉に、のぞみはうつむいていた顔をあげて目を丸くした。
「え? 役所?」
「そうだよ。おーい、サケ子! 夕食の前に、私は少し出るよ。その間にのぞみに事務をしてもらうからさ。子どもたちをお願い」