目の前で紅が優雅に微笑んでいる。さっきとは違うどこか禍禍しい畏怖さえ感じさせる空気が彼を包んでいる。
 背中がぞくぞくするけれど、誰も食べてはくれないから、恐ろしくてどうにかなってしまいそうだ。
「のぞみ、さっき君は私と契約を結んだだろう?あやかしの世界で契約は絶対だ。期間は三月(みつき)、その間は嫌でもなんでもここで働いてもらうよ」
 それは試用期間ではないのですか?という心の中の反論は恐くて口には出せなかった。
 やっぱりこんな恐い職場では絶対に働けないと強く思う。だがそれすらもう言葉にできない。
「どうしても契約を解きたいというならば、のぞみの一番大切なものを差し出してもらうことになる。のぞみの、そのたましいを…」
 そう言って紅がのぞみに手を伸ばす。その手があと少しでのぞみに触れるというところまできたのを見て、ついにのぞみは気を失った。