それでものぞみはすぐにはうんとは言えなかった。なにしろ、今ここで起こっていることは理解の範疇を超え過ぎている。やっぱり夢でしたと言われればその方が自然なように思えるくらいなのだから。
 そんなことを考えて黙り込んだのぞみに紅は、「仕方がないな…」と言って立ち上がる。その目尻が赤みを帯びていた。
 途端に嫌な予感がしてのぞみは息を呑んだ。もう何度か見た彼のこの目は…。
「そういえば」
 紅がゆっくりと口を開いた。
「のぞみは、私が何のあやかしか知ってるかい?」
 のぞみは立ち上がった紅を見つめて背中がぞくぞくとするのを感じていた。どうやらぞぞぞを食べてもらった効果は、もっと恐ろしいものを見たときに切れてしまうようだった。
 目の前の紅は、姿形は奇妙ではないけれど、そら恐ろしいくらいに美しい。優しくされて忘れているけれど、のぞみのぞぞぞを食べたのだから当然彼もあやかしなのだ…。
 彼は…。
「紅さま。やまがみさま…」
 背中のかの子が呟いた。
「山神さま…」
 のぞみの言葉に、紅が微笑む。
「山神さまは、全てのあやかしを統べる方。天狗さま」
 かの子が再び呟いた。
「ひっ…!」
 喉の奥から引きつれた声が出て、のぞみは言葉を失ってしまう。