真っ黒い夜の海がうねりをあげて、天高くそびえる波が今にも街を呑み込もうとしている。
 のぞみは震える脚を励まして、海岸に立っていた。背中に担いだ白い袋には満杯の"ぞぞぞ"。ふわふわとのぞみに寄り添うように浮かんでいる。
 目を凝らせば、海上に浮かぶ紅の姿。弱々しい赤い光に包まれて、脇に太一を抱えている。
 太一は意識がないようだった。
 おおーん!!という鳴き声が響く。発したのは紅と向かい合わせにいる奇妙なカタチをした獣だった。
 ヌエだ。
 体は虎のごとく縞模様、されど顔の周りは獅子のような立髪に覆われて、紫色の牙が顎の下まで伸びている。血走った眼がギョロギョロとして憎々しげに紅を見ている。
 のぞみの胸が張り裂けそうになった。こづえは結界が薄れていることを感じとって、紅が劣勢なのかもしれないと言ったけれど、本当にそのとおりだった。
 彼は身体のあちらこちらから血を流して膝を付いている。そして、肩で息をしていた。
 ヌエがもう一度おおーんと鳴いた。