こづえはかの子を下ろしてしゃがみ込み、サケ子の肩を掴んだ。
「しっかりしな!!」
 のぞみはわけがわからないままに、こづえの隣に座りサケ子を覗き込む。
「…気分でも悪いんですか?」
 こづえが首を振った。
「違うんだ、のぞみ。口裂けは昔…、昔ヌエに子を食べられたことがある。だから、この状態に普通ではいられないのさ」
「ひっ…!」
 喉の奥から引きつれたような声が出て、のぞみは両手で口を塞ぐ。代わりに涙が溢れた。
「紅さまがあやかし園を始めたときに、働きたいと自ら志願したという話だよ。子を失った母親の悲しみは癒えることはないが、それでも何かが変わるかもしれないと思ったからここに来たんだ。そうだろう?口裂け!」
 こづえが舌打ちをしてサケ子を覗き込んだ。
「あんたは今はここにいる子ども達の先生だ!しっかりおし」
 そして、「のぞみ、ちょっとごめん」
と言ってのぞみのうなじを撫でた。
 ぽわんと黄緑色に光る"ぞぞぞ"が薄暗い部屋に浮く。
「紅さまからは、のぞみの"ぞぞぞ"は誰にもやるなと言われているけど、非常事態だ。…お許しくださるだろう」
 そう言ってこづえはその"ぞぞぞ"をサケ子に食べさせた。乱暴な口調とは真逆の、優しい手つきで。まるで我が子に食べさせるように。
 サケ子はもぐもぐと口を動かして、小さくため息をつくと、「本当に美味しいんだね、のぞみの"ぞぞぞ"」と呟いた。
 そして今度は長い長いため息をつくとゆっくりと立ち上がった。
「…私としたことが、どうかしちまってた。おんに着るよ、座敷童子。のぞみ、残りの"ぞぞぞ"を子ども達に食べさせてもいいかい?腹が減ると良くない考えになるのは、あやかしも人間も同じだ」