知らなかった兄の過去にそれでものぞみはどこか納得するものがあった。
 施設を出た者が偏見にさらされるのはさほど珍しいことではない。のぞみにだって一つや二つは覚えがある。
 若い兄がのぞみの約束を守れなかったとして、誰が彼を責められるのだろう。兄に放って置かれたという悲しみと怒りで荒れ狂っていたのぞみの心が少しだけ凪いでゆく。
「颯太は毎日必ずいなり寿司を二つ供えて熱心に手を合わせてゆきました。手を合わせる人の心を神社の中にいる私たちは知ることができます。彼は、地元に残してきた妹のことばかり…」
 そう言って志津は一歩のぞみに近づいた。そして、紅に抱かれたままののぞみに跪いた。
「寿司職人としてせめてもう少しまともになるまでは会いにゆけないと嘆きつつ、元気でいてほしいとそれはそれは熱心に毎日毎日私のもとへ来ていたのです。…あの頃、子を失って嘆き悲しむ私に周りは忘れろと言いました。亡くなった者をいつまでも思っていても仕方がないと。…もちろん紅さまはそのようなことはおっしゃいませんでしたけれど、他の多くの者はそう言って、私を完全な孤独へ追いやったのでございます」
 そこで言葉を切った志津は、当時を思い出すように少し遠い目をした。