「紅さまと夫婦別れをしてからも、たくさんのあやかしが私に意見をしにきました。よくある話だ、またすぐ子はできると…。実際、あやかし園ができるまでは本当によくある話だったのでございます。ヌエは、他のあやかしを喰うことで力をつける卑しいあやかしですから…」
 そういえばそんな話をこづえから聞いたような気がする。あやかし園ができるまでは子がヌエに拐われることがあったのだと。
「…そうして実家で閉じこもっていたときに出会ったのが、夫颯太でした」
 ようやく兄の名が出たと思いのぞみが顔を上げると、力強い光を讃えた志津の瞳と目が合った。
 耳を塞ぎたくなるほどに悲しい話をする彼女だが、その瞳には悲しみを乗り越えた者だけが持つ強さがある。
「当時寿司職人になったばかりだった夫は、毎日店が終わると私のいる稲荷神社までお参りにきていたんです。お供えのいなり寿司を携えて」
 そういえば、昨日紅が『君島』という寿司職人の話をしていた。やはりそれが兄だったのだ。
「颯太は、厳しい修行でくたくたになっているはずなのに、毎日欠かさずお詣りに来ました。…のぞみさま、貴方のために」
「私のために…?」
「そうです。…後から聞いた話ですが、のぞみさまと離れてすぐに就いた仕事ではひどく苛められたそうなんです。それから身を持ち崩して…必ず迎えに行くと約束した妹にはとても会える状態じゃなかったと言っていました。それでも今の店の大将と出会ってなんとか持ち直したようです。そして寿司職人として修行を始めてすぐに自宅近くの私の神社に通うようになったんです」