「誤解しないで下さいませ。私は紅さまと夫婦別れしたことで自暴自棄になっていたわけではありません。…子を、失ったばかりだったのでございます」
 意外すぎる志津の言葉にのぞみは目を見開いた。夫婦別れをしたばかりの志津が失った子とはすなわち…。
「紅さまとの初めての子でした」
 のぞみを包む紅の両腕にぎゅっと力が入るのをのぞみは感じていた。
「…ほんの少し…一瞬、目を離した隙に、拐われてしまったのです。長い間、紅さまを打ち負かそうと虎視眈々と狙っている卑しいあやかし…ヌエに」
「ヌエ…」
 のぞみは呟いて、ふるりと身を震わせた。
「…紅さまと私は、信頼関係で結ばれる平和な夫婦でしたけれども、…とても悲しい思いを共有してしまいましたから、夫婦ではいられなくなってしまったのです」
 首を垂れて話続ける志津に、のぞみは胸が張り裂けそうになる。そのようにつらい記憶をなぜ彼女は今語るのだろう。もうやめてほしいという言葉が喉のところまで出かかった。
 それでも、おそらくはのぞみのために話してくれているのだと思い直し口をつぐんだ。