のぞみが別れた頃よりも、少し痩せて顔つきが柔和になったように思えるけれど目の前にいる太一の父親は間違いなくのぞみの記憶の中にいる兄だった。この街にいるのではと予想したのぞみの読みは当たっていたのだ。
 ようやく会えた。
 施設にいた頃は遠出ができなかったから、探すことは不可能だった。それから短大に進学したあとも勉強とバイトの両立で精一杯でそれどころではなかった。
 それでも在学中に届いた葉書、それだけを手がかりにしてここへ来た。そうしてようやくたどり着いた兄が今目の前にいる。
 それなのに、嬉しいという感情は湧き上がっては来なかった。
「あなた…、まさかあなたの妹さんって、のぞみ先生だったの?」
 志津が颯太の方を振り返り問いかける。その瞬間、のぞみは反射的に駆け出した。
「のぞみ!」
 背中で聞いた声は、兄のものか紅のものか、はたまたそれ以外の誰かだったのか。
 何もわからないままにのぞみは息を切らして走り続ける。ただ全てから逃げ出したいという思いだけが頭の中を駆け巡る。
 志津のために人間の家族と縁を切ったという夫の話をのぞみは初め憧れるような気持ちで聞いた。あやかしと人間という垣根を乗り越えて、愛し合う二人が羨ましいと。