そしてその日の終わり頃、のぞみは昨夜と同じように鬼ごっこを楽しんでドロドロになった子らを水場で洗っていた。
 だが太一の、「あ! 父ちゃん!!」という声に顔をあげる。
 ほっぺを真っ赤に染めて太一が指差す方向に何気なく視線を送って、のぞみは息が止まる心地がした。
「父ちゃん!!」
 太一は裸足のまま、走り出す。そしてそのまま父親と思しき人物に体当たりするように抱きついた。
「お迎えに来てくれるって本当だったんだな!」
 喜びを爆発させる太一を抱き上げて父親の方も嬉しそうに頭を撫でてやっている。
 彼らの隣で志津がのぞみに気がついて頭を下げた。
「のぞみ先生」
 だがのぞみはそれに応えることができないままに、立ち尽くす。
 河童の長次郎が、水桶にざぶりと浸かり遊びだすのも止めることが出来なかった。
 志津の言葉につられるようにのぞみを見た太一の父親が、のぞみと同じように驚いて、動きを止めた。
 その彼と視線がぴたりと合った瞬間、のぞみの口から掠れた声が漏れた。
「お兄ちゃん…」
「…え?」
 本当に小さな声だったが、耳のいい志津にはしっかりと聞こえたようだった。白い耳をピンと立てて怪訝な表情で、二人を見比べている。
「のぞみ…」
 今度は父親の方が呟いた。
 やはりとのぞみはその場に座り込む。腰が抜けてしまったように動けなかった。