…本当のところそうじゃないとは言い切れない複雑な気持ちだけれど、それでも紅とのぞみの関係がどういうものか自分でもわからないこの状況で言うべき言葉ではないだろう。
(でも、紅さまは、なぜ私にこんな話をするの…?)
 一方で紅の方は少し眉をあげただけで特に気分を害した風でもなく頷いた。
「確かにそうだね。アパートにはいつも何人かのあやかしがいたからね。でも本当に夫婦だったのは志津だけだったんだ」
「そう…なんですか」
 紅の言葉にのぞみは驚いて目を見開く。胸がツキンと痛んだ。
「彼女は隣町の稲荷神社の娘で気立てもいいし、気が合ったんだ。それで」
「…わかります。志津さん素敵な方ですよね」
 どこか他人ごとのようにのぞみは言う。自分の声が遠くに聞こえた。
 だが口から出た言葉は、本心だった。
 太一を見つめる優しい眼差し、人間であるのぞみに対する気遣い。なによりも今は人間の妻として、夫のために子のために一生懸命だ。そんな彼女にのぞみは憧れにも似た気持ちを抱いていた。