そう言って紅はのぞみを抱き上げ、あらかじめ敷いてあった布団の上にそっと下ろした。
 促されるままに横になり布団がわりのタオルケットを身体にかけられると、どっと疲れを感じて、急激な眠気がのぞみを襲う。
 だがのぞみが夢の世界へ行く前に、紅が静かに、少し迷いながら口を開いた。
「のぞみ、太一の母親のことだけれど…」
「…志津さん?」
 目を擦りながらのぞみは答える。
 紅が頷いて、でもすぐには続きを言わずに黙り込んだ。
「…紅さま?」
 自分から言い出したくせに、何かにためらう彼を少し不思議に思いながら、のぞみは目をパチパチとさせた。
 しばらくして紅は思い切ったように顔をあげて口を開いた。
「彼女は、私の以前の妻なんだ」
「…え?」
 のぞみは呟いたまま、次に言うべき言葉を見つけられない。言われたことの意味がすぐには理解できなかった。
 脳裏に志津の上品な立ち姿が浮ぶ。
 意外といえば意外な紅の告白、だが一方で妙に納得してしまう自分がいるのも事実だった。
 あやかしの女性をのぞみはそう沢山は知らないけれど、彼女が長(おさ)のお嫁さまにふさわしい美しさと聡明さを兼ね備えていることは確かだと思う。
「あやかしは気まぐれだからね。夫婦別れも少なくはないし、あまり過去を気にしないから、そういうことって別に珍しくはないんだけど」
「…紅さまにはお嫁さまが沢山いらっしゃったってこづえさんが言ってました。それならそういうこともありますよね」
 のぞみの口からそんな言葉がついて出る。だがすぐに、しまったと思って唇を噛んだ。
 これじゃあまるで彼の過去に嫉妬して嫌味を言っているみたいだ。