「お嫁さまに…、私たちのことを伝えてありますか」
 志津が静かに問いかける。紅は黙って首を振った。
「私からは、何も。そのうち、おしゃべりなこづえあたりから聞くかもしれないけれど。口止めしといた方がいいと思う?」
 志津が、白い尻尾をピンと立てた。
「紅さま、なりません。きちんと自分の口からお話し下さいませ。人はあやかしと違って過去が気になるものでございます」
「それは…そうかもしれないけれど」
 紅は口を尖らせて、肩を落とした。
「…嫌われるのが怖いんだ」
「まぁ! ふふふ」
 志津がふわりと尻尾を揺らして笑う。
「あやかしの長さまが、なんてお姿。とても子どもたちには見せられませんね」
「だってこの間も嫁が六人いたことをこづえに暴露されたんだ。これ以上何か知られたら、出て行ってしまうかも」
 本当にあの時は肝を冷やした。
「それでも!」
 再び志津の尻尾がピンと立ち上がった。
「おなごは殿方の口から聞きたいものでございます。必ずあなたさまの口から聞かせて差し上げてくださいませ。それより前に言わないように、こづえさんには私から言っておきますゆえ」
 紅は少し驚いて彼女を見た。
「…志津はどうしてそこまでするんだい?」
「あなたさまに…、幸せになっていただきたい。ただそれだけにございます。それに私は情の深い人間の妻ですから」
 のぞみの部屋の灯りが消えているのを確認してから、紅は立ち上がる。
 風のない静かな夜を月が照らしている。
 紅は、頭を下げて立ち去る白いキツネの後ろ姿をじっと見つめて呟いた。
「志津は強くなったな。さて私は…」