思いがけない志津の言葉に、紅は少し照れ臭くなって、鼻の頭をぽりぽりとかいた。
「それは…、褒めているのだろうか」
「ふふふ、もちろんそうでございます。新しいお嫁さまの影響ではないですか」
 紅は少し考えて、「うん、そうかもしれないね」と頷いた。
 初めは軽い好奇心だった。
 嫁をよこすはずの稲荷の親父のいたずらに、少しだけ乗っかってやろうと思ったのだ。
 それなのに…。
 紅は浴衣の胸の辺りをぎゅっと掴んでのぞみがいる風呂場の灯りをじっと見つめた。
 怒ったり笑ったり忙しく変わる表情、子どもたちを見つめる優しい眼差し。
「まだ出会って間もないというのに、私の中に入り込んで、…今じゃそばにいないと落ち着かないくらいなんだ。人間って不思議だね、志津」
 志津が微笑んで頷いた。
「ふふふ、私も連れ合いと一緒になってからは驚くことばかりでございます。昔はあやかしと人間の距離が近かったなんて年寄りの言葉、嘘だと思っていましたけれど、本当なのだと実感しております。何しろ、人は情が深い」
「うん…でも、私たちも…本当はそうなのかもしれないよ。だからあのとき…、私たちは夫婦でいられなくなったのだろう」
 そう言って紅は遠い目をした。森でフクロウがホーホーと鳴いている。
 黙り込む二人の視線の先で、のぞみがほかほかとゆげを立てて風呂場から出てきた。桃色に染まりつやつやとしているあの頬を突くのがここのところの紅のお気に入りだ。