「忙しいのに…すみません」
 紅には保育園の仕事以外に、山へ行き結界を直したり、見回りをしたりする長としての役目もある。それ以外にも人間の世界で山神神社の宮司としての顔もあるから案外と忙しいのだ。
 その紅に、保育時間の間ずっと園にいてくれというのが申し訳ないとのぞみは思う。
 そんなふうに考えて少し気落ちするのぞみに、紅はふふふと笑ってからちゅっと頭に口づけた。そしていきなり抱き寄せる。
「ぎゃっ!」
「ふふふ、可愛いのぞみの頼みだからね。仕方がないよ」
 のぞみは紅の腕の中でじたばたと暴れながら、声をあげる。
「あやかしは情が薄いんじゃないですか」
 力いっぱい押してもびくともしない腕の中で真っ赤になって抵抗をするのぞみを愉快そうに見下ろして、紅がにっこりと微笑んだ。
「男女の情はまた別さ、じゃなきゃ子はなせないだろう?ん?」
 そう言いながら、今度はのぞみの頬にまで口づけようとする。だが寸前でぴたりと止まって振り返った。
 目尻が赤みを帯びる。
「…誰?」
 闇の中から音もなく現れたのは、志津だった。