「前は人間の保育園にいらしたんですね」
 迷いながらのぞみが言うと、志津が少し寂しそうに微笑んだ。
「…あの子の父親は人間です。夫は私と夫婦になったときに、家族と縁を切ったんです。人間とあやかしはそうそう分かり合うことはできないですから、その方がいいと言って…。でも本当はそんなことしたくなかったんだと思います。だからせめて私と太一が人間のフリをすることができたなら、少しくらいは交流を持てるかもしれないと思って…」
 そう言って志津は少し涙ぐんだ。
 紅が静かに頷いて口を開いた。
「志津が、人間のフリをするのはわけないけどね」
「はい。ただ太一には難しいようです。すぐに耳と尻尾が出てしまう。それからあやかし特有の気の強さで、他の子をコテンパンにしてしまうのです」
「まだ小さいからね、そう急くことはないよ」
 紅の言葉に、志津が胸元から手拭いを出して涙を拭いた。
「あの…お父さんはこのことについてどのようにおっしゃっているのですか?」
 のぞみは思わず尋ねた。
 志津が涙ぐむほどに悩んでいることを当の夫はどのように思っているのだろう。