「私の嫁に触れるからには、それ相応の代償を払ってもらう」
　紅の目が真っ赤に光り、髪が逆立つ。
　その彼に、平伏す者が現れた。いつのまにか鬼の両親が姿を現して、一平から少し離れた場所に二人して這いつくばるようにしている。そして震えながら口を開いた。
「こ、紅さま、お、お許し下さいませ。む、息子は、まだもののわからない若輩者ですゆえ。なにとぞ…」
　以前サケ子が言ったように鬼の一家にはどこか尊大な態度があった。特に父親はギラギラと金でできたアクセサリーをつけて、のぞみにもサケ子にも偉そうにする。その彼が、今紅にひれ伏している。紅の怒りを前にして、手出しすることすら叶わずに、ただ許しを乞うている。
　それでも紅はそれを受け入れるつもりはないようだった。
「ならん！！…お前の息子は私の嫁だと知りながら、のぞみの意思に背いて彼女に触れた。これは万死に値すると、思い知らせてやる」
　再び大風が山から駆け下りる。森で休む鳥たちが、ぎゃあぎゃあと鳴いて、バキバキと枝の折れる音がする。
「ぎゃああああ！」
　一平が声をあげて宙を舞う。それを信じられない思いで見つめていたのぞみは、思わず紅の背中に飛びついた。
「紅さま…！」
　怒りに満ちたその背中に顔を埋め、のぞみは再び呼びかける。
「紅さま！！」
　この場を満たしていた怒りの力が少し緩んだ。宙にいた一平が地面に落ちて呻き声をあげる。風が止んだ。
　紅がゆっくりと振り返った。
「…のぞみ、どうして止める？」