「ふふふ、君本当に美味しそう。紅さまはあやかしたちに、"ぞぞぞ"しか食べちゃダメだって言うけど、鬼は本来は人間自体を食べることだってできるんだよ。…ちょっと味見をしてもいいかなぁ」
 そう言って一平はペロリと赤い舌で唇を舐めた。鋭い牙がチラリと見えて、のぞみは思わず目を閉じた。
 その時。
「ぎゃっ!!」という声が聞こえて、のぞみは押さえつけられていた強い力から解放される。口を覆っていた手も外れた。恐る恐る目を開けると代わりにあったのは紅の背中。のぞみを庇うように立ちはだかっている。
 一平の方はというと、数メートル先に倒れて地面に這いつくばり、呻き声をあげている。のぞみは建物を背にしたままその場にへなへなと座り込んだ。
 紅が助けに来てくれた。
「紅さま…」
 紅はのぞみの呼びかけには答えずに、一平の方へ右手を向けた。
「一平、のぞみに対するお前の振る舞い。断じて許さん、覚悟せよ」
 びりびりと空気が震えるほどの怒りのエネルギーが紅の背中から放たれる。ざざざと森の木々が揺れて、山が唸った。
 一平が恐怖に目を見開く。すでに傷ついた身体で、土を蹴って逃げようとするけれど、紅はそれを許さなかった。
「あ…うわあああああ!」
 風が竜巻のように一平を取り囲み、檻のようになって彼を逃がさない。そして目に見えない刃となって彼を苦しめる。