次の日からも一平は毎日来たが、お迎えの時間には紅も必ず園にいるようになったので、しつこい誘いはなくなった。
 紅を煩わせたくないと思っていたのに結局彼の手を借りてしまったことにのぞみは少し気落ちしたが、とはいえ誘いがなくなったこと自体には相当な安心感を感じていた。
 そうやって何日かは平穏だったが、ある日ついに事件は起こった。
 その日は珍しく、鬼の子たちの迎えが遅かった。
「せんせー、兄ちゃんまだかなぁ。おいらお腹が空いちゃったぁ」
 鬼の子たちは少し不安そうにのぞみに尋ねる。親たちが"ぞぞぞ"を稼いで帰ってくるので、お迎えのあとは大抵のあやかしは"食事"の時間だという。お腹を抑えてしょんぼりとする子どもたちを不憫に思ってのぞみは彼らの頭を撫でた。
「もうすぐだと思うよ、ちょっと待ってて先生見てくるね」
 そう言って少し様子を見ようと一人で玄関を出る。だがその瞬間、突然強く腕を引っ張られて建物の裏に引き込まれた。
「きゃっ! うぐっ…」
 のぞみの声は一平の手に消えていく。壁に強く押しつけられて、口を塞がれては助けを呼ぶこともできなかった。薄暗い中で一平の不敵な笑みを恐怖に見開いた瞳で見つめるのみである。
「こんばんは、のぞ先生。ここ最近は、ガードが堅かったね。でもそれで用心したつもり?…所詮人間は、詰めが甘いね」
 不穏なものを漂わせる彼には、いつもの無邪気な雰囲気はない。放たれる怪しい妖気。いくら見た目が今風の若者でも、やはり彼は鬼なのだとのぞみは思った。
「紳士的にいきたかったけど、こうなったらもう無理かな。べつに君の同意なんてなくても、どうとでもできることをわからせてやるよ」
 そう言う一平の目が光る。
 のぞみの身体が恐怖に震えて、塞がれた口からは声にならない叫び声が漏れた。