大丈夫、とサケ子に言ったのぞみだったが、実は全然大丈夫ではなかった。次の日から一平が毎日お迎えに姿を見せたからだ。
 紅は山へ行く時間が少しずつ増えていて、お迎えの時間にはいないことが多かったし、一平はサケ子を避けるようにして姿を見せる。そして、しつこくのぞみに言い寄った。
「違う種類のあやかし同士は夫婦にならないなんて、年寄りの考えなんだ。若い世代は違うよ。だから、人間の君でも問題なし!一回だけでいいからさ~遊びに行こうよ~!」
 それに対して、のぞみはひたすら笑顔で困りますと繰り返すしかなかった。日に日に彼のしつこさは増す一方だったが、サケ子にあぁ言った手前相談するのは躊躇われたし、ましてや紅には…。
 紅とは仕事以外ではもうほとんど話をしなくなっていた。こづえが来るようになってからは仕事前にのぞみの部屋へ来ることは減っていたし、帰り道はただ義務的にアパートまでを並んで歩くだけだ。当然ながら、手をつなぐこともなくなった。
「おつかれさま、また明日」
 月明かりの下で紅が振り返って、言った。その微笑みをやはりどこか作られたようなものに感じて、のぞみはうつむいた。
「おつかれ…さまでした」
 そう言うのぞみの左腕に紅の視線が止まった。