急に近くなった距離、遠慮のない言葉にのぞみは面食らって反射的に後ずさりしたくなる。だが鬼の強い力には敵わなかった。
「え? あ、あの…」
「兄ちゃん、のぞせんせーは紅さまのお気に入りだぞ!アパートに住んでるんだから、絶対そうだって母ちゃんが言ってたじゃないか」
 弟たちの抗議にも一平はめげない。
「いいんだよ、べつに。アパートの嫁が他のあやかしとくっついたって紅さまは気にしないって話だよ。去るもの追わずなんだよ。だから、ね?僕にもチャンスをちょうだい!」
「あの、離して下さい。困ります」
「いいじゃん、いいじゃん!」
「ナンパなら他所でやりな!小僧」
 手を振り解けないでいるのぞみに助け船を出してくれたのは建物から出てきたサケ子だった。サケ子は、口元の布を素早く外して一平を睨みつける。そして耳まで裂けた口で嫌味を言った。
「長男がこれじゃあ、鬼一家が子沢山なのも頷ける。…節操がないのは血筋かい?」
 その迫力にのぞみを掴んでいた一平の手が緩む。のぞみは素早く彼から離れてホッと息を吐いた。
「邪魔すんなよぉー、口裂け女」