「紅さまと何かあったのかい?」
 ある日、紅が山へ行っていない時間にサケ子がのぞみに問いかけた。
 のぞみはそのこと自体に少しショックを受けてしまう。やはり紅ののぞみに対する態度が変わったことはサケ子からみてもわかるくらいなのだと。だがどう答えていいかは、さっぱりわからなかった。
「…サケ子さんは、あのアパートが紅さまの奥さんのためにあることを知っていたんですか?」
 のぞみが恐る恐る尋ねると、サケ子はすぐに頷いた。
「もちろん、知っていたよ。…紅さまがのぞみを入れた時はいったいどういうつもりなのかと思ったんだけど」
「私、そのアパートのことをこづえさんから聞いたんです。それでその時に、紅さまの昔の奥さんのことも聞いてしまったんです。私…紅さまに、部屋を貸してもらって、仕事までさせてもらって…、きっと紅さまは困っている私を哀れに思ってそうしたのに、紅さまの昔のことを知りたがったりしたから、不快に思われたのだと思います」
 のぞみはしょんぼりと眉を下げた。
 サケ子はそんなのぞみをやや驚いたように見てから、うーんと首をひねった。
「紅さまがのぞみを不快に…ねぇ」
「きっとそうです」
「…のぞみ、あやかしなんてもんは人とは違ってあまり深く考えて行動しないものなんだよ。紅さまがアパートへのぞみを入れたのは、ただ単にのぞみが気に入ったからだと私は思うけどね。私も初めはびっくりしたけど、のぞみは真面目でよく働くし、子どもたちにも好かれているだから、今じゃ正解だったと思うよ。紅さまがのぞみによそよそしくしているのは…もっと単純な何かがあるような気がするけど」