「いったい何を考えているのか、あのおやじは」
　こづえは苦々しい表情で舌打ちをした。
「ここ最近は、誰を送り込んでも紅さまが拒否をするって、困っていたのは知ってたけど、なにも人の子をやらなくてもよさそうなもんなのに…」
「え…拒否を…？」
　呟いてのぞみは、考えこむ。そういえば沢山いたという女性たちはどうしてしまったのだろう？
　アパートはのぞみが住むようになってから紅が少し手直ししてくれたから、今は古いけれどぼろぼろというわけではない。でも初めは本当に荒れ果てて長い間誰も住んでいないようだった。そして今ものぞみ以外は誰も住んでいない。
「…紅さまの、奥さんたちはどこに行っちゃったんですか？」
　少しだけ声を落としてのぞみが尋ねると、こづえは難しい表情で首を振った。
「私も詳しいことは知らないんだけど、何かあったみたいだ。ある時期、仲睦まじくやっていた嫁が一人いたんだけど、そいつと夫婦別れたときにアパートの連中も解散させちまった。…それ以来誰が来てもけしてアパートに入れようとはなさらないのさ」
　それを聞いて、のぞみの胸がぎゅっと強く掴まれたように痛んだ。すけべだけどいつも穏やかで優しいあの紅にそんな過去があったなんて。
　時期が同じだったなら、アパートにいたあやかしたちを解散させたことと仲睦まじくしていた相手と別れたことは関係があるのだろう。しかもそれ以来誰が来てもアパートに入れなかったというなら、彼にもう嫁はいらないと思わせる何かがあったのかもしれない。