「じゃあ、私はお先に行くよ」
 そう言い残して、こづえは夜の闇へと姿を消した。のぞみは、自分の頭を撫でる紅の手を心地よく感じながらも、彼を見上げて唇にきゅっと力を入れた。
「…紅さま」
「ん?」
「あの、すみませんでした。こづえさんのこと…」
 実習で出会った先輩には、子どもたちの家庭環境に踏み込む時はよく考えてから慎重にと言われていたのに。今回は完全に感情だけで動いてしまった。幸いこづえとは和解したが保育士としては大失態に違いない。
 一方で紅の方はこともなげに、「べつに気にする必要はないよ」と言った。
「あやかしは気まぐれだからね。小競り合いは、しょっちゅうさ。とくにこづえは気が強いから…。サケ子なんかしょっぱなから言い合いをしていたよ」
 そう言って紅はくっくと笑った。
 のぞみはサケ子とこづえのやりとりを思い出していた。たしかにあの二人は遠慮なくものを言い合う。でも彼女たちはあやかし同士、互いの事情をわかってのやり合いに違いない。ひょっこり入ってきた人間ののぞみとは違うだろう。
 そんなことを思ってうつむいたままののぞみの頬にそっと触れて、紅がネオンの光をバックにふわりと微笑んだ。