結局、文化際に私の小説を並べるのは間に合わなかった。
 部活展示には前日に急いで書き上げた考察本が並んでいる。

 人は別棟の屋台にとられるため、部室棟は本当に文化祭中なのかと疑いたくなるくらい静かだった。誰も来ない展示会場を私と部長で受付をしている。

「小和ちゃん、小説間に合わなかったんだね」

「ごめん、やっぱ私に書くなんて無理だったよ」

「ううん、攻めてるわけじゃなくて——、一度読んでみたかったの、小和ちゃんの書いた本をね」

「そっか、もう……来年はないのか」

「私たちもこれで引退だね」

 開けてある窓から入ってくる風には、祭りに熱された声が乗っている。
 この風を感じられるのも今年で最後か——と、少ししんみりする気持ちになる。

 文化祭の直前まで、小説を書く気でいた。内容が出てこなくても昔書いたのをリメイクしたりして、諸説自体は書いていた。
——でも、あれを超えられると思った作品はなかった。

 あれを見せるなんて自分が羞恥壊れてしまうので、前日に大慌てで考察本を書くことになった。

「部長はさ、文化祭が終わった後は部活どうするの?一応区切りだけど、先輩たちは週一とかで顔出してくれてたよね」

「私は文化祭で終わりかな……これからは塾が増えるしね」

「……そっか」

「小和ちゃんは?」

「私は——小和と一緒、文化祭で区切りよく終わり」

「……ほんとにこれが最後だね」

「うん」

 部長は何を思い浮かべているのだろうか。
 もともと私をこの部活に誘ってきたのも部長だった。その頃の私は、本にここまでのめりこむなんて考えてもいなかった。
 この部活は私が予想できないほどに——最高だった。

 その後、度々訪れてきた来客の相手をしたりしているうちに、私たちの当番も終わった。



「小和じゃん」

 文化祭の後夜祭の時に先生にあった。

「部室で何してるんだ?」

「いや、あのノリが苦手で……友達が飽きるまでここで時間をつぶそうと」

「そうだったのか」
 
 後夜祭はグランドで行われている。
 運営がいくつかの出し物を考えてあるようで、あちらは大盛り上がりだ。

「先生はどうしてここに?」

「俺の持ってるクラスの子が、部室棟に何か怪しい光が——とかいうから、見に来たんだよ」

「あー、それ私が着けてたスマホのライトかもしれません……」

「そうだったのか」

 先生はホラーに体勢があまりないのか、大きく肩を落として息を吐く。

「小和の考察本よかったよ」
「そうでしたか?」

「ああ、自分で書くようになってたからか、特に作者の考えをうまいことくみ取ってた」

「ありがとうございます——先生は……私の本を読みたかったですか?」

 今まで、小説で一番時間をかけてくれたのは先生なのだから、一度は聞いておくべきだと思った。
 先生はグランドの後夜祭を眺めている。

「俺は確かに小和の一番の作品を読みたいとは思った。でも、小和が一番じゃないって言うなら、それは——俺が決めることではないよ」

「もし、本当はそれが書けてたって言ったらどうします?」

「さあ、どうするかな」

 先生は後夜祭から目を離さない。
 私もなんとなく後夜祭を眺める。どうして、一歩離れたお祭りはこうも異世界めいて見えるのだろうか。もしかしたら、私たちが異世界に来てしまっているのかもしれない。
 そのギャップが今の私にはとても心地よい。

 先生の解答ははぐらかされた。私は近くに置いてあったカバンを引き寄せて、紙の束を引っ張り出す。

「先生、これ読んでください」

 私が先生に差し出したのは、私が今までで一番いい作品。
 先生に勘違いされそうだが、それもお祭りが何とかしてくれる気がした。

 先生は受け取ると、パラパラと目を通していく。
 静まり返った部室には、祭りの喧騒だけが聞こえていた。

「小和これ……」

「何ですか」

「持ちかえって、読んでもいいか?」

「え?なぜですか?」

「なぜって、これが小和の一番の作品なんだろ。なら、家でしっかりと読むよ」

「まあ、いいですけど。他の人には見せないでくださいね」

 先生は私の小説をもって、部室を出て行った。
 私の小説はファイルには挟まれているが、先生が研究室に行くまでに誰にも見られないことを心の中で祈った。

 先生が出て行ってから、友達からメッセージが届いた。
 ——最後の文化祭だし、締めの花火は一緒に見よ!
 友達の花火のお誘いに了解と送って、私も部室を出る。

 私が部室を出たとき、廊下に誰かいたような気がしたが、ここまで騒いでいれば幽霊だって混ざりたくなるだろう。きっとあれは、幽霊か——魔女だろう。

 先生から小説が返されたのは、文化祭が終わってから一週間たったくらいだった。もう部活に行っていなかったので、授業前にポンと返された。

 感想は——良い作品でした。そう書かれた、付箋が張り付けられているだけ。
 先生とも授業で会うくらいになり、部活の時とは格段に会話は減った。

 これで、私の夏は終わった——いや、春だったのかもしれない。