青山さんがメニューを木月さんに見せた。

「PASTという店名は『過去』という意味ですか?」

 その言葉に先日のことを思い出す。

「そういう意味もありますが、その言葉にはべつの意味もあるんですよ」

 私にチラッと視線を送ってきた木月さん。あのときは、ちょうどリョウが来たから続きを聞けなかったんだ。

「PASTを辞書で調べると、まず『過去』という意味が出てきます。次に書かれているのは『通り越えて』とか『通り過ぎて』です」

 青山さんが「へぇ」と感心したように言った。

「ですので」

 木月さんが唇に笑みを浮かべた。

「過去だけじゃなく、それを通り越えての今、という意味もこめています」

 そうだったんだ……。心のなかで木月さんの言葉を反芻していると、

「そもそもそれがわかりにくいんだよ」
 とリョウの声がした。

 軽々とふたつのトレイを運んでくるリョウ。唐揚げ定食はまだ油が跳ねていそうなほどつやがあり、もうもうと湯気を生んでいた。ご飯とミニサラダとスープが添えられている。
 もうひとつのトレイを取りに行っている間に、木月さんが私に言った。

「人は『実』と『虚』を無意識に使い分けています。亜弥さんもどうか気負わずに。どちらも存在していていいんですよ」

 その言葉がいわんとすることはなんとなくわかって、なんとなくわからないまま。

 三人で手を合わせての「いただきます」は照れくさくてうれしかった。

「おいひいです!」

 さっそく頬張った明日香が悲鳴をあげた。特製と謳っているだけあって、醤油の香りのする唐揚げはやわらかく、噛めば噛むほど食欲が増すよう。

 そういえば、この間伊予さんが唐揚げの作りかたを教えてくれたばかりだ。あの日の味と似ているようで、どこか似ていない。

「自信作なんだよ」

 自慢気なリョウに、私はうなずいてみせるけれど、家で食べたあのレシピとはどこか違う気がする。なにかひと味足りないような……。

『隠し味はこれやで』と、ニッと笑った伊予さんの顔が急に浮かぶ。

「味つけに味噌は入れた?」

 唐突(とうとつ)な私の質問にリョウが小首をかしげた。