明日香が「すごく楽しいです」と同意し、青山さんもうなずいている。

「私はあんまりちゃんと行けてないから……」

 罪人が自白するようにおどおど言うと、木月さんはいつものようにカウンターにもたれた。

「いいんじゃないですか。リョウくんだって同じですし」
「……ですよね」

 明日香も青山さんも、毎日学校にちゃんと行っていた。私とリョウはそうじゃない。
 でも……。私とリョウが学校に行かない理由にも大きな差はある。リョウは夢を追いかけていて、そのために必死で働いている。

 私はそんなのなくて、ただ嘘の理由をつけてサボっているだけだ。

「この店をやっていて思うのは――」

 いつの間にか視線を落としていたみたい。顔をあげると木月さんは軽くうなずく。

「生きたいように生きればいいんだな、ってことです。あとで後悔しても、いつかその経験が宝物になりますから」

 伊予さんが前に言ってたことと同じだ。

「実と虚……」

 思わずつぶやく私に明日香が「ジツとキョ。なにそれ?」と尋ねてきた。

「伊予さんが言ってた。意味はよくわからないんだよね」

 ひょいと向こうから顔を見せたのは青山さん。

「それは、実際の自分でいるのか、虚構の自分でいるのかということじゃない?」
「おお、さすが小春。物知りだね」

 すっかり名前で呼ぶことに慣れた明日香が感心した声を出した。

「木月さんは……今は、『実』ですか?」

 そう尋ねると、木月さんはあっさりと「いえ」と答えた。

「仕事中に『実』を出したら、お客さまに失礼ですから。本当の私はもっといい加減ですよ。たとえば、家では平気でおならをします」

 あんまりするりと言うものだから、私たちは大笑いしてしまった。ひとしきり笑ってから、木月さんは両手を前で重ねた。

「お客様が一日の疲れを取るためのお店です。だからみなさんは思いっきり『実』を出してください」
「あたし、今、『実』だと思う。すごく楽しいから」

 明日香がそう言った。

「私も」

 青山さん。

 私はどうなんだろう。奥にいるリョウをチラッと見た。姿は見えないけれど、香ばしい油の香りが漂っている。

 リョウは誰とも恋愛をしない。

 それを知っているから、大きくなっていく気持ちを必死で隠している。
 きっと、私は必死で『虚』を演じている。