「出水さんの満面の笑顔、はじめて見ちゃった……」
「え、そうだっけ?」

 私たちの間に座る明日香もうなずいてから、
「亜弥って呼ぼうよ」
 なんて言ってくる。

「え、そんなの……」
「あたしたちも青山さんのこと名前で呼ぶからさ。小春(こはる)だったよね」

 今日の明日香はやけに積極的だ。長年友達といっても、プライベートの彼女とはあまり接していなかったから、知らない部分もたくさんあるのかも。
 恥ずかしそうに顔を伏せた青山さんが「うん」とうなずいた。

 明日香は私の持つメニューを奪うと、
「じゃあ、小春はなにを注文する?」
 と尋ねた。

「あ、じゃあ……おすすめのAセットにしようかな」
「あたしも。亜弥は?」
「私もAかな」

 こういうのって最初が肝心なのに、なかなか『小春』と呼びかけるチャンスがない。

 ドアが開き、リョウが戻ってきた。

「もう注文した?」

 カウンターの上にコンビニの袋を置き、手を洗う。

「みんなAセットで」
「OK」

 ハンドペーパーで手を拭くと、リョウはキッチンへ向かいかけて足を止めた。

「木月さん、前も言ったけど、玉ねぎは冷蔵庫に入れないで。乾燥しておかないとすぐに腐っちゃうから」
「すみません、すみません」

 いつものやり取りが聞こえたので、私たちは顔を見あわせてクスクス笑った。
 追いやられるように戻ってきた木月さんが、水の入ったグラスを置いた。
 唐揚げの準備に入ったのだろう、キッチンからコンロに火をつける音がする。続いて、ボールを取り出す音。これは、棚を開ける音だ。

 どんな作業をしているのか、見ていなくても伝わってくるのが不思議だった。

「みなさんは――」

 木月さんの声に意識を戻した。

「同じクラスなのですか?」
「はい」

 代表で答える私に、木月さんはやさしく笑みを浮かべた。

「いいですね。高校時代って今になって思えば宝物です」

 その言葉がやけに心にずんときた。