「え、やりたかったんじゃないの?」

 うん、とうなずく青山さんの表情がにわかに曇る。

「お母さんが県立高校で教師をやってるの。そのせいで、内申点(ないしんてん)とかにすごくうるさくって。本当はそういうの苦手だけど、仕方なく立候補したんだよ」
「でも、ちゃんとできてると思う」

 青山さんは「そうかな」と肩をすくめた。

「そうだよ。私の家とは大違い。ずっとほったらかしだったもん。なのに、今ごろになって強制的に教えられてるんだよ」
「ああ、なんでも屋の伊予さん、だっけ?」

 そうそう、とうなずく。今日の外出のためにそれぞれの家に電話をかけ合ったのだ。すんなり信じてくれた伊予さんは、今日はお休みを取っている。

 私と明日香は先日、青山さんの家にもおジャマした。たしかに厳しそうなお母さんだったな、と思い出す。教師と聞いて納得。

「ね、早く行こうよ! オレンジ通りってどれ?」

 長いこと友達をやっているけれど、こんなに興奮する明日香ははじめて見た。彼女の家も夜の外出にはうるさいから……って当然か。うちが普通じゃないだけだ。
 オレンジ通りも三人で歩けば怖くない。小道を曲がると急に薄暗くなる。

「こんなに暗いんだ……」

 身を硬くした青山さん。PASTの入っているビルが見えると、そこに誰かが立っているのがわかった。
 看板を設置するうしろ姿。

 リョウだ……。

 気づくと同時に彼はこちらを見た。

「お。本当に来たのか」

 意地悪く言ったあと、リョウはうしろで固まっているふたりに視線を移した。

「こんばんは。いらっしゃい」
「こん……」
「こんば……」

 明日香も青山さんも見事なまでに緊張している。

「リョウといいます。今日はありがとう」

 にこやかな営業スマイル。なんだ、普通の挨拶もできるんじゃん……。

「先に店、入ってて。コンビニ行ってくる」
「わかった」

 去っていくうしろ姿を見送っていると、
「あれが? ね、あの人が?」
 明日香が腕を引っ張って来る。