「それに最初のころっていっつもうつむいてたやろ? 最近は姿勢もええし」

 おかしい、と思った。伊予さんの口調は重く、いつもの快活(かいかつ)さは影を潜めている。伊予さんがキュッと目を閉じた。

「もしも、な……。もしもの話やけど――」

 そこで伊予さんは言葉にブレーキをかけるように黙った。
 洗濯機が激しく震え、水を飛ばしている。

 なぜだろう。自分から先を(うなが)してはいけない気がして私も黙る。

 やがて、伊予さんはゆっくりと私の顔を見た。その目は見たこともないくらい真剣で、どこかおびえているよう。

「誰かのことを守れるとしたら、亜弥ちゃんはどうする?」
「……誰かのことを?」

 くり返す私に伊予さんは静かにうなずいた。

 すぐにリョウの顔が浮かぶ。次がお父さん、明日香……木月さんのことや青山さんのことも。

「それって、誰のことを?」
「いや、たとえ話やから」

 そう言った伊予さん。「でもな」とすぐに次の言葉を口にした。

「その人を助けるには、自分の命も危険になるかもしれん。それでも亜弥ちゃんは……行動に移せるんかな?」


 ――ピーッ、ピーッ、ピーッ。


 洗濯機が終了音を鳴らし、電源が落ちる音が響いた。

「わからないよ。そんなの、想像もできない」

 素直に答えると、伊予さんは「やな!」と急に声を大きくし、立ちあがった。急激なテンションの変化に驚いていると、伊予さんは照れたように笑った。

「ちょっと聞いてみただけや! 気にせんといて」

 もう振り返ることもなく玄関へドタドタと進むと、
「またな!」
 叫んで出ていってしまった。

 今のは……なんだったの?

 わからない。
 想像するのも怖い。

 洗濯物をカゴに入れ、庭へ出た。


 生ぬるい夜風が髪に、肌に、心に、違和感を残している。