「いいんだよ、持ってて」

 それだけ言うと、リョウは手を離した。

 好き、がもっと大きく成長していく。

「そういえばさ、うさぎさん――」

 西からの風がリョウの声をさらった。

「え、なに?」
「うさぎさん、俺のファンなんだって」

 知ってるよ、と言えずにへらっと笑った。

「前からずっと、俺の夢を応援してくれてる。ちゃんと俺を大人として扱ってくれてるからうれしいんだ」

 ざぶん、波が私の靴のなかに入ってきた。まるで攻撃されているみたいな気になり、無言で乾いた砂へ逃げた。

「うさぎさんてさ」

 話を続けるリョウに、もっと風が強くなればいいのにと思った。やさしくされたあとだから余計に深く落ちこんでしまう。

 私の気持ちなんて知る由もない。これ以上聞きたくないよ。

 隣に並んだリョウが「うさぎさん」の名前をまた口にする。

「うん」

 機械的に答える私。

 ざぶんざぶん、と波の音が重なる。

「ほんと、木月さんにはもったいない人だよな」
「……木月さん? え?」

 どうして木月さんの名前が? 

 よほど驚いた顔をしていたのだろう、リョウが口をぽかんと開けたままで、
「しまった」
 とつぶやいた。

「あー」とか「えー」とか口にしたあと、リョウは観念したように肩を落とした。

「俺が言ったこと、言うなよ。あのふたり、つき合ってるんだよ。もうすぐ結婚するんだってさ」
「ええ!?」

 声をあげる私にリョウは「シッ」と人差し指を立てた。誰に聞かれるわけでもないのに。

「木月さんはどっかボーっとしてるから、ほんとお似合いだよな」
「あ、うん」

 驚愕(きょうがく)の事実にまだドキドキしながらも、ホッとしている自分がいる。

 そうだったんだ……。