「私、あんまり小説は読まないんですよね」
「このジャンルはお勧めですよ。とはいえ、クローズド・サークルも出尽くした感は(いな)めませんけどね」

 普段はクールな人だと認識していたけれど、ミステリーのことを話す木月さんの目は輝いている。

 それが、木月さんの『実』ということなのかも。

「そういえば」

 木月さんがなにかを思い出すように白い照明を見やった。

「リョウくんがさみしがっていましたよ」
「え?」
「夏休みなのにちっとも来ない、って。まあ、夜の繁華街でやっている店ですので、あんまり熱心に誘うのも問題ですがね」

 そう言ってから木月さんは、私の反応を(うかが)うように少し黙った。なにか言わなくちゃ、と口を開く。

「明日行く予定なんです。友達をふたり連れていくのでよろしくお願いします」
「じゃあ明日は特製のセットをご用意しますね」

 不思議な会話だった。木月さんとは普通に話ができるのに、明日リョウに会うことを考えると緊張しかない。

 唇をへの字に曲げていることに気づき、軽く咳をしてごまかす私に、木月さんは「あ」と言った。

「そういえば、リョウくんがこの近くの工事現場でバイトをしてることをご存じですか?」

 知ってるし、さっき見た。なんて言えるわけがなく、首を縦と横に一回ずつ振った。怪しまれないようにと気をつけるほど、ボロが出ているみたい。

「よかったら見に行きませんか? すぐ近くですし」

 そんなことを提案してくる木月さん。

「え、あの……。でも、バイト中ですし」
「休憩時間だと思いますよ。ちょうどメールが来たところですし。待っててください。お会計してしまいますから」

 笑顔を残してレジに走る木月さんを見送る。頼りないメモリしかない頭で考えたところ、ついていくのが得策だと判断。
 木月さんの同伴なら、リョウに怪しまれずに済むだろうから。

 お会計を済ませた木月さんは、私の返事を聞くこともなく「こっちです」と、当たり前のように店を出て歩き出した。

 足が長いのでついていくのが大変。引いたばかりの汗がすぐに額ににじみ出す。
 空の青よりも濃い色のシートが、交差点の向こうに見えている。

 どうしよう。どんなふうに話せばいいの?