一瞬手を止めた伊予さんが、「あ」と目を見開いた。

「ほんまやな。こりゃ失礼しました」

 おかしく笑ってから、ふいに真顔になった伊予さんに戸惑う。

「あのな、前にも言ったけど『実』で生きるのは難しいんよ。ウチかて、この家にいるときが本当の自分かと言われたら違う気がするし」
「あ、うん」

 それはなんとなくわかる。本当の私を出したくて、教室でもひとりでいることを選んでいる。でも、明日香と楽しく話す私も、また本当の私のような気がしているし。

「『実』の反対語は、虚無の『虚』って言うねん。誰しも、毎日のなかで無意識にこのふたつを使いわけているんかもなぁ」
「ジツとキョ?」
「虚無というのは、嘘の世界のことや。亜弥ちゃんは心の逃げ場所を作るために、ちゃんと相手のことを見てないんちゃうかな? 自分に都合のいい嘘の部分を作ってるんやと思うわ」
「私は、まだ虚を生きているってこと?」

 急に不安になり尋ねると、伊予さんは大きくうなずいた。

「亜弥ちゃんが本当の自分になれる場所があるとええな。そのためにも、『虚』やなくて『実』の自分を見つけてほしい。それがウチの望みや」

 なんか、今日でお別れみたいな話だ。最後のメッセージみたいで気分が重くなってしまう。

 雰囲気を察したのか、
「さ、残りのコロッケも揚げるで。明日はコロッケパンを食べるとええわ」
 ガハハと笑う伊予さん。


 それが『実』なのか『虚』なのか、私には判断する術もない。