「……わかったよ」

 不満な気持ちを尖らせた唇に乗せる私に、伊予さんは「そやなあ」と宙を見た。

「ひとつ、ウチからも追加の課題を出しといてあげるわ」

 次のコロッケの準備をテキパキ進める伊予さん。

「課題?」
 
油のなかからコロッケを取り出すと、こんがりとキツネ色に輝いている。

「そう、課題や。今度会ったときに、リョウくんを深く理解しようとしてみるんや。見た目だけじゃなく、本当の姿を知る努力をするんや」
「本当の姿って、まるで今が化け物みたいじゃない」
「亜弥ちゃんがそういうフィルターをかけてるんやと思うで。それを外すには、亜弥ちゃんがまずは素直になって話をせんとあかん」

 怖い、と思った。リョウを好きになったことを認めたときから、彼を知るのが怖くなっている。

 もしも深く知ったなら、あと戻りできないほど心が乱されるだろう。恋に落ちていく、自分が自分でなくなるような恐怖、とでも言うのか……。

「大丈夫や」
 
 私の不安を拭うように伊予さんは口の端をニッとあげた。
 ぷくっと膨らんだ頬がハムスターを連想させる。指を一本立てた伊予さん。

「もしも、万が一、ひょっとして、仮にも――」

 思いつく限りの言葉を言っているのだろう。

「最悪なことに、リョウくんって子が亜弥ちゃんの前からいなくなったとするやろ?」

 仮定の話なのに、ほら、こんなにも動揺している。ズキンと打つ胸を隠すように軽くうなずいた。

「そのときに、相手を深く知っていれば悲しみも深いけれど、立ち直れるのも早いんや」
「そうかな……。だって、知れば知るほど情が深くなるでしょう? 余計に引きずりそうじゃん」
「ちゃうねん。ちゃんと相手のことを見ればな、自分のなかにある後悔も減るってもんや。亜弥ちゃんのお父さんを見てみ? 亡くなったお母さんを理解してるからこそ、前を向いて生きてるやろ?」
「ああ……」
「人を好きになるってことは、相手のうわべだけを好きになることやない。本気で好きになったんなら、もっと深く知るべきや。そのほうが後悔は少なくなる」

 断言する伊予さんに、思わずムッとしてしまう。

「まだつき合ってもないのに、別れる前提で話をしないでよ」