「友達ってええなぁ」

 私の話を聞いた伊予さんの反応は、この言葉に集約されていた。

 コロッケのタネをしゃもじでかき回す私に、
「あかんあかん。手で混ぜたほうが絶対に早いしうまいで」
 料理の指導をしてくる。

 今日の出来事に関しての感想はもう終わりらしい。ちなみに、夜の街見学に行く約束のくだりは、省略して話をしてある。

「熱すぎるから無理」

 もうもうと湯気をあげるつぶしたジャガイモ。素手で触ったら火傷(やけど)必至(ひっし)だ。

「無理なことあらへん。ウチなんて、いつも手でぐわしぐわしってかき混ぜてるで」
「伊予さんは手の皮が厚いからできるんだよ」

 言い返す私に、伊予さんは両手を広げてまじまじと自分の手を眺めた。
 まるで宝石を指にはめているみたいなポーズをしてから、
「普通の手やと思うけどな」
 なんて、どこまで本気かわからない。

 伊予さんの前には厚めの雪平鍋(ゆきひらなべ)があり、そこから湯気が煙突(えんとつ)から出る煙のように生まれている。
 伊予さん特製のコンソメスープだ。

「そりゃあ、明日香は友達だよ。でも、これまで私を嫌っていた青山さんが急に近づいてくるなんておかしくない?」

 乱暴にコロッケのタネを右手で混ぜる。不思議とそれほど熱さも感じない。

「まあ」

 伊予さんはコンロの火を止めた。

「ウチは青山さんの気持ちもわかるけどな」
「どういうこと? なんで伊予さんが青山さんの気持ちがわかるの?」
「メラビアンの法則や」

 小ぶりのトレーに溶き卵を流しながら、伊予さんが言った。

「なにそれ」

 唐突(とうとつ)な言葉にぱたりと手を止めた。

「メラビアンの法則、って聞いたことないん?」

 私は隣のトレーにコロッケのタネを丸めて置いていく。伊予さん直伝(じきでん)のコロッケは牛肉の量が多い。メンチカツとコロッケの間というくらい入っていて、それがまた美味しいのだ。玉ねぎもこれでもかっていうくらい大きく切ってある。

「そのうち学校でも習うと思うで。簡単に言うと、人は見た目で九割を判断するってことや。まあ、諸説あるけどな」
「見た目?」
「たしか、視覚情報が五十五パーセント、聴覚情報が三十八パーセント。合計すると九十五パーセントやろ?」
「九十三パーセント……」
「そうや、九十三パーセントって言ったやろ? つまり、第一印象が大事なんや」

 どこまで本気かわからない。
 わざとらしく咳払いをすると、伊予さんは戸棚から小麦粉を取り出す。