愛想(あいそ)笑いやテレビの話なんてしたくないし興味もない。毎日のなかにはただ、だるさだけが漂っている。そんな日々。

 たまには私だって思う。もっと上手に生きられたら、って。

 でも、そんな自分を変えようとしたことはないし、できないとわかっている。
 あきらめているわけじゃなくて、ただだるいだけ。

 それでも明日香だけは昔から変わらずにそばにいてくれる。きっと、幼なじみという責任感でやさしくしてくれているのだろうし、それに甘えていることもわかっている。けれど、複雑な私を理解してくれているな存在であることは間違いない。
 だから彼女とだけは話をするようにしている。

 私の私による私だけのルールだ。

「うちは夜、外出禁止だからさ、亜弥がうらやましいよ。あたしも夜の街に遊びに行きたいなー」

 唇を(とが)らせる明日香に苦笑する。

「大きな声で言わないでよ」
「あ、しまった」
「遊んでいるわけじゃなくてただ歩いているだけ。駅裏をぶらぶら歩いていると落ち着くから」
 
人は不思議なもので、注意をされないと逆に理由を説明したくなるものらしい。

「知ってるよ。そんなの昔からのことでしょ」

 伸ばしはじめた肩までの髪が風に暴れ出す。なにも言わないのに明日香は窓を閉めてくれた。
 つるんとした(ほほ)のあたりが光っている。

 彼女が光なら、私はとした影。
 太陽と月。
 月とすっぽん、
 クジラとイワシ、天と地。

 頭に浮かぶのは自分のマイナスなイメージばかり。

「あー、だるい」

 机に突っ伏すと、丸くてかわいい笑い声がふってくる。雑音ばかりの日々のなかでも明日香の声だけは別だ。

「おじさんは元気なの?」

 明日香の声に「知らない」と机に顔をつけたまま首を振る。

「忙しいみたいで全然帰ってこないし」
「社長さんだもんね。すごいよねぇ。新しく作っている施設、もうすぐ完成するんじゃなかったっけ?」
「知らない」
 
 同じ言葉をくり返してから、さすがにそっけないと反省して話す。

「社長っていっても現場ばっかり出ているみたい。介護(かいご)業界ってなかなか働く人が見つからないんだって」

 「そっか」と明日香は言った。
 お父さんは昔はサラリーマンだった。なのに、気づいたら『有料老人ホーム』という施設の社長になっていたのだ。