「てか、今さら知ったとか言うなよな」

 さすがにムッときた。

「そんなの言われなくちゃわからないよ」
「深夜カフェだって言ったはず」
「それでも普通はお酒を出すって思うものでしょう。ちゃんと教えてくれてないのに注意しないでよ」

 ダメだ、と自分に言い聞かせそこで言葉を止めた。
 リョウは少し驚いた顔をしていたが、
「ま、それもそうか」
 と、あっさり引き下がった。

 文句を言いたかったわけじゃない。ただ、会いたかっただけなのに。
 シュンとしてみじめな気持ち。花がしおれたようにうなだれてしまう。

 なにやってるんだろう……。

 うつむく私の頭になにか置かれた。顔をあげると、リョウの手が置かれている。

「……え?」

 リョウの顔が近い。私の髪を手のひらにそっと泳がすリョウが目を細めた。

「髪の色、変えた?」
「……うん」
「髪型も?」
「うん」

 気づいてくれた!

 さっきまでのブルーな気持ちは一瞬でどこかへ飛んでいったみたい。とたんにニコニコしてしまう。

「うさぎさんの美容室でやってもらったんだよ」
「予約したの?」
「うん。すごく素敵なお店だね」
「そっか」

 スッと手をもとの位置に戻すリョウが、少し悲しげに見えたのは気のせい? 

 リョウは棚にもたれるように立つと、
「俺は――」
 と口にした。

 どんなふうに褒めてくれるのか、そのときの私は確実に期待していたと思う。
 けれど、リョウは冷めた瞳を閉じた。

「前のほうが似合ってると思うけどな」
「え……」
「ヘンってこと。髪型も色も、俺は好きじゃない」

 彼は、空気を一瞬で変えてしまう魔術師みたい。やわらかい雰囲気が一瞬にして凍りつく。

 ピアノの音が聞こえない。

 いや、聞こえる。

 機械的に冷たく、私を突き放すように高音が耳にざらつく。
 まだ笑顔の私から離れ、リョウは壁にかかった時計を見あげた。

「もう、帰ったら?」


 その言葉は、いともたやすく私を傷つけた。