そもそもリョウは、私と全然違う世界に住んでいる。バイクに乗り、バイトを掛け持ちし、うさぎさんと仲がいいリョウ。
 夜の世界に生きている、とまではいかなくても、これまでの私の人生では、知りあうことがなかった種類の人であることは間違いない。

 たぶん私は、新しい世界を知った刺激で感情がおかしくなっているんだ。

 時間は九時。そろそろほかのお客さんがやって来るころだろう。
 バッグから財布を取り出していると、エプロン姿のリョウがようやく姿を見せた。

 手にはめているゴム手袋を取ると、
「よう」
 と、はじめて私を見たかのように挨拶をした。

「こんばんは」

 他人行儀に挨拶を返す。

 あ、また怖い目をしている。しゃべるとあんなに笑顔になるのに、黙っているときのリョウはすべてを拒絶しているみたいに思える。

 私もこんな目をしてみたい。毎日いろんなことを考え、気にする性格の自分を変えてみたかった。

 視線を落とすと、彼の首にチェーンが光っている。先には三日月の形をしたペンダントトップがカウンターを照らす光に反射していた。

「やっと仕こみが終わったとこ。Aセットは下ごしらえに時間がかかるんだよなぁ」
「下ごしらえ?」

 ぎこちなく聞き返すと、リョウはコキコキと肩を鳴らした。

「特製唐揚げ定食。っていっても、木月さん料理できないから、料理は俺の仕事なわけ」
「唐揚げ……。え、ひょっとしてAとかBとかCって料理のことなの?」

 改めてメニューを見ると「は?」と、短くリョウがうなった。

「料理以外になにを出すんだよ」
「それは……お酒とか」

 しどろもどろに答えると、リョウは呆れた顔で両腕を腰に当てた。

「木月さんから聞いてないの? うちは深夜カフェ。酒なんか出すかよ」

 予想外の説明に驚きを隠せない。お酒を出さないって……。

「じゃあこのセットっていうのは、定食みたいな感じなの?」

 当たり前のようにリョウはひとつうなずく。

「Bは日替わり……今日は回鍋肉(ホイコーロー)だっけ。Cは魚料理で今日は焼き魚だな。んでAはこの店自慢の特製唐揚げ。これは定番メニュー」

 へえ、と驚く。てっきり飲み屋さんだと思っていた。さっき木月さんがそれらしい説明をしてくれたのに、ぼんやり聞いていたみたい。
 反省の気持ちでうなずく私に、リョウは少しあごをあげて私を見下ろしてくる。