あ、そうだ。メニューの下部に小さく記してある文字に指を置いた。『深夜カフェPAST』と書かれている。

「深夜カフェってどういう――」

 言葉は、ドアの開く音で遮断された。

「おはようございます。遅くなりました」

 リョウが顔を出したところだった。
 すぐに私に気づいたリョウの目は、薄暗い照明のなかでもよく見えた。鋭く見える切れ長の瞳に、怒った形の眉。でも、彼のやさしさを私は知っている。

 やっと会えたうれしさを隠すように、少し頭を下げることしかできない私。

「いらっしゃいませ」

 リョウはそう言うと、カウンターのなかへ入り手を洗い出す。

 もう、私を見ない。
 見てくれない。

 カウンターの上には黄色のヘルメットと鍵が無造作(むぞうさ)に置かれている。バイクに乗って通勤しているんだ。

 知りたいことばかり、知らないことばかり。

「リョウくん、ちょっと抜けていいでしょうか? 近くにあるバーが周年祭をやっているので、顔を出してきたいんです」
「どうぞ」

 どっちがオーナーなのかわからない会話だ。

「ごゆっくりしてくださいね」

 木月さんが一礼をして出ていくと、店内にはリョウとふたりきりになった。
 なんだかさっきよりも、BGMが大きく耳に届く気がして落ち着かない。
 手を洗い終わるとリョウはなにも言わずに奥の部屋に消えた。

 ガガッという機械音。タイムカードを押した音かな。

 バタン。これは冷蔵庫を開け閉めする音。

 ジャー。 水を出したんだろう。
 
 姿が見えないリョウは、奥で忙しく動き回っている様子。

「ちっとも構ってくれない」

 聞こえないようにつぶやいて、ぼんやりとグラスのなかで弾ける炭酸を眺める。なんだか、まるで片想いみたい。

 ……違う。

 体全体でため息をつく。