「せっかく来ていただいたのに申し訳ありません。リョウくんはまだ出勤していないんですよ」
クランベリージュースを私の前に置き、木月さんは申し訳なさそうに言った。
「あ、そうですか。全然大丈夫です」
全然大丈夫じゃない。
会えると思って張り切って来たのにな。顔に出ていたのか、木月さんは「すみません」と言葉を重ねた。
「バイトが長引いているのかもしれませんね。なに、言っている間に出勤しますよ」
「バイト? え、リョウは他のバイトもしているんですか?」
驚く私に木月さんは「おっと」と右手を口に当てた。
「すみません。秘密が苦手でして、つい話しすぎてしまいます。てっきりご存じかと思っていました」
「バイトって、ここもバイトですよね」
リョウはふたつバイトをしているってこと?
「それは本人に聞いてみてください」
かわした木月さんにそれ以上尋ねられず、ストローでソーダ水を混ぜた。じわりと朱色のシロップがにじみ、溶けて、泡になる。クランベリーがどんな果物なのかわからないけれど、夏を感じる爽やかな味は嫌いじゃない。
むしろ、PASTに来られない期間に何度思い出したことか。
「亜弥さん、髪の雰囲気が変わりましたね」
シロップのボトルをしまいながら言う木月さん。
「とてもお似合いですよ。リョウくんの髪の色とよく似ています」
ドクンと鳴る胸の音が聞こえてしまいそうで、慌ててストローを口にふくむ。
炭酸で苦しくなる喉をがまんして、
「ありがとうございます」
なんとか答え、さりげなく店内を見渡す。
前回は観察している余裕がなかったけれど、こげ茶色の棚、黒いカウンターは大人っぽい。
「PASTって素敵なお店ですね。居心地が良くてすごく落ち着く、っていうか……」
「ありがとうございます」
木月さんはなぜか困ったようにほほ笑んだ。なにか悪いことを言ったのだろうか。
「ここは元々、スナックだった場所なんです。閉店したタイミングで私がお借りすることにしたんですよ。レイアウトは当時のままです」
「そうなんですか」
「今でもバーやスナックと間違えて入店される方が多いのが悩みです」
「え? 違うんですか?」
手元のメニュー表を見ながら尋ねる。前に見たときと同じ、AセットからCセットまでのメニューが書かれている。
クランベリージュースを私の前に置き、木月さんは申し訳なさそうに言った。
「あ、そうですか。全然大丈夫です」
全然大丈夫じゃない。
会えると思って張り切って来たのにな。顔に出ていたのか、木月さんは「すみません」と言葉を重ねた。
「バイトが長引いているのかもしれませんね。なに、言っている間に出勤しますよ」
「バイト? え、リョウは他のバイトもしているんですか?」
驚く私に木月さんは「おっと」と右手を口に当てた。
「すみません。秘密が苦手でして、つい話しすぎてしまいます。てっきりご存じかと思っていました」
「バイトって、ここもバイトですよね」
リョウはふたつバイトをしているってこと?
「それは本人に聞いてみてください」
かわした木月さんにそれ以上尋ねられず、ストローでソーダ水を混ぜた。じわりと朱色のシロップがにじみ、溶けて、泡になる。クランベリーがどんな果物なのかわからないけれど、夏を感じる爽やかな味は嫌いじゃない。
むしろ、PASTに来られない期間に何度思い出したことか。
「亜弥さん、髪の雰囲気が変わりましたね」
シロップのボトルをしまいながら言う木月さん。
「とてもお似合いですよ。リョウくんの髪の色とよく似ています」
ドクンと鳴る胸の音が聞こえてしまいそうで、慌ててストローを口にふくむ。
炭酸で苦しくなる喉をがまんして、
「ありがとうございます」
なんとか答え、さりげなく店内を見渡す。
前回は観察している余裕がなかったけれど、こげ茶色の棚、黒いカウンターは大人っぽい。
「PASTって素敵なお店ですね。居心地が良くてすごく落ち着く、っていうか……」
「ありがとうございます」
木月さんはなぜか困ったようにほほ笑んだ。なにか悪いことを言ったのだろうか。
「ここは元々、スナックだった場所なんです。閉店したタイミングで私がお借りすることにしたんですよ。レイアウトは当時のままです」
「そうなんですか」
「今でもバーやスナックと間違えて入店される方が多いのが悩みです」
「え? 違うんですか?」
手元のメニュー表を見ながら尋ねる。前に見たときと同じ、AセットからCセットまでのメニューが書かれている。