まな板を拭き終わった伊予さんが、
「でもな」
少し声のトーンを落とした。
「どんな感情でも、後悔せーへんようにな」
「後悔?」
「そう、後悔。自分の気持ちを偽ったり、無駄な駆け引きや遠回りをしてるほど、人生は長くないからな」
なぜだろう。伊予さんの言葉がずんとお腹に響いた。
伊予さんは悲しい恋をしたことがあるんだろうな。そりゃ、私よりずいぶん年上だろうし、いろんなことがあったんだろう。
「ウチ、離婚してるんや。息子は毎週一回だけ泊りに来てくれるねん」
「え……?」
「ええねん。もう受け入れてるんや」
あっさりと告白する伊予さんに驚きを隠せずにいると、
「ええねん」
もう一度伊予さんは言った。
「それより亜弥ちゃんが心配やわ」
「……うん」
もしも、今の気持ちがあこがれじゃなく恋だったら、どうしたらいいんだろう。まだ出会ってそんなに経っていないのに、好きになるなんておかしいよね。
唐揚げが生む気泡が弱くなり、油から取り出す。
――あこがれは恋に近し。
そして私はまたリョウに会いたくなる。
彼の顔を思い浮かべると、透明な海に飛びこんだような高揚感を覚え、そのあと息が苦しくなる。
「恋をしている気持ちを大切にしてな。あと、自分自身のこともな」
「自分を助けてあげる、ってこと? まだ意味がよくわかってないんだけど」
どうやって自分を助ければいい?
こんな複雑な性格、自分自身でも理解できていないのに。
けれど、伊予さんは軽くうなずくと時計を見やった。
「そろそろ時間やから帰らんと。明日のテスト、大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど、まあ午前中だけだし」
エプロンをほどく私に、伊予さんは「そっか」と言った。
「あんまり点数悪いと、早々にクビになりそうやからたのむで」
「どっちにしても夏休みが終わるまでなんだよね?」
少しのさみしさを覚える私。こういうの嫌だな、と思った。
ひとりでいたからふたりを知ると、孤独の存在が前よりも大きく思えてしまう。
伊予さんにしてもリョウにしても同じだ。
「でもな」
少し声のトーンを落とした。
「どんな感情でも、後悔せーへんようにな」
「後悔?」
「そう、後悔。自分の気持ちを偽ったり、無駄な駆け引きや遠回りをしてるほど、人生は長くないからな」
なぜだろう。伊予さんの言葉がずんとお腹に響いた。
伊予さんは悲しい恋をしたことがあるんだろうな。そりゃ、私よりずいぶん年上だろうし、いろんなことがあったんだろう。
「ウチ、離婚してるんや。息子は毎週一回だけ泊りに来てくれるねん」
「え……?」
「ええねん。もう受け入れてるんや」
あっさりと告白する伊予さんに驚きを隠せずにいると、
「ええねん」
もう一度伊予さんは言った。
「それより亜弥ちゃんが心配やわ」
「……うん」
もしも、今の気持ちがあこがれじゃなく恋だったら、どうしたらいいんだろう。まだ出会ってそんなに経っていないのに、好きになるなんておかしいよね。
唐揚げが生む気泡が弱くなり、油から取り出す。
――あこがれは恋に近し。
そして私はまたリョウに会いたくなる。
彼の顔を思い浮かべると、透明な海に飛びこんだような高揚感を覚え、そのあと息が苦しくなる。
「恋をしている気持ちを大切にしてな。あと、自分自身のこともな」
「自分を助けてあげる、ってこと? まだ意味がよくわかってないんだけど」
どうやって自分を助ければいい?
こんな複雑な性格、自分自身でも理解できていないのに。
けれど、伊予さんは軽くうなずくと時計を見やった。
「そろそろ時間やから帰らんと。明日のテスト、大丈夫?」
「大丈夫じゃないけど、まあ午前中だけだし」
エプロンをほどく私に、伊予さんは「そっか」と言った。
「あんまり点数悪いと、早々にクビになりそうやからたのむで」
「どっちにしても夏休みが終わるまでなんだよね?」
少しのさみしさを覚える私。こういうの嫌だな、と思った。
ひとりでいたからふたりを知ると、孤独の存在が前よりも大きく思えてしまう。
伊予さんにしてもリョウにしても同じだ。