「で、どうなったん? めっちゃ怒られた?」

 伊予さんは目をキラキラさせながら隣で洗い物をしている。私はサラダに使うレタスをちぎっているところ。

 いつもより早く帰れるはずが結局遅くなったのは、寄り道をしていたからじゃない。
 テストのあと、置田先生に呼び出され、さらにそこに生徒指導の先生も加わり、説教をされていたからだ。

「担任はほとんど発言しなかった。てか、あの人、気が弱そうだから」

 いつだって周りにおびえているような目をしている置田先生を思い出す。

 サラダボールにレタスを入れると、今度はミニトマトを包丁で半分に切る作業。真っ赤なトマトは、包丁で簡単に崩れてしまいうまく切れない。

「あ、貸して。こうやるんや」

 見かねた伊予さんにバトンタッチをする。

「生徒指導の先生は、通称『赤ジャージ』って言うんだって。あの人も、軽い注意くらいしかしてこなかった。まあ、そのぶんお父さんに連絡がいくんだろうけどね」
「亜弥ちゃんのお父さんは理事長さんやもんなぁ」
「理事長じゃなくてただの理事。それでも、注意しにくいんだろうね」
「権力の前では先生もただのひよっ子ってことやな。サラダできたら唐揚げ揚げてな」

 最初は違和感しかなかった伊予さんだけど、だんだんと普通に話ができるようになった。最近ではリョウやうさぎさんのことまで話をしている。

 それは伊予さんの明るいキャラクターのせいだけじゃない。私を否定しないからだろうな。
 実際、伊予さんは家事や勉強のことには口うるさいけれど、私の人間性を非難することはない。ひとりの大人として扱ってくれるのはうれしかった。

 衣をつけた鶏肉を油に落とすと、さわがしい音がする。今夜のメニューは特製唐揚げだ。

「恋ってええなぁ」

 ジャブジャブとまな板を洗っている伊予さんが言った。

「恋してるなんて、私言ってないけど」
「でもキラキラしてるやん。最近は、ぽわーんて顔してるし。どう見ても誰かのこと考えてるって丸わかりやで」
「あこがれてるだけで、恋とかじゃないよ」

 油のなかで踊る唐揚げを、箸でひっくり返す。金色の油からたくさんの泡が生まれている。
 ジュワというよりボコボコって音がいくつも重なり、どこか音楽みたい。

「あこがれは恋に近し、ってな」
「そんなことわざ聞いたことない」
「ウチが今作った言葉や」

 どこまで本気かわからない伊予さんに苦笑する。