「だよね。じゃなきゃ、あんな時間に遊んでないもんね」

 遊んでいるわけじゃないと言いたかった。でも、言えなかった。

 そうこうしているうちにカットがはじまる。手際良く(くし)()の部分で髪を分けると、うさぎさんは躊躇なくハサミを入れる。
 耳元で髪を切る音が聞こえた。

「もうすぐ夏休みなんじゃないの? だったら、少しくらい髪の色を変えても平気そうだけど」

 ハサミが合うときの金属音、ジョキッという髪が断ち切られる音。さっきまで存在していたドキドキは、音とともにこぼれ落ちていくようだった。

「あたしが高校のころね、憧れていた先輩が金髪だったの。だからみんな夏休み前に同じ色にしたんだよ。って、古い話だけど」

 あはは、と笑ううさぎさんの髪は、そんな色にしていたとは思えないほどの黒髪だ。
 同じ色でも私よりも艶やかで、光を受けて反射する鏡みたいに美しい。

 そうか……。

 納得する答えが急に頭に浮かんだ。
 私は、リョウに憧れているんだ。あんなふうに、気さくで楽し気なリョウのようになりたいのかもしれない。

 思わず笑みが浮かんでいる私が鏡に映っている。すぐに口元を引きしめる。

「ね、亜弥ちゃんてリョウのこと好きなの?」

 一瞬、返事に遅れた。見ると、まっすぐにうさぎさんが鏡のなかの私を見ていた。

「え? ないです。それは、ないです」

 カタコトの日本語になってしまう私に、うさぎさんは「ふうん」と口の動きだけで答えた。

「だってまだ二回しか会ってないんですよ。そもそもは酔っ払いに絡まれているところを助けてもらっただけなんです」

 饒舌(じょうぜつ)になってしまう。

「へぇ、ドラマみたい。そういうシチュエーションって、女子は好きじゃん。恋に落ちても不思議じゃないけどな」

 うさぎさんは、きっと彼のことを好きなんだろうな。なんでもないような口調だけど、声音が少し緊張しているのが伝わってくる。

「どちらかといえば、あこがれているんだと思います」

 素直な気持ちを言葉にすると、うさぎさんは「なるほど」とうなずく。

「リョウは人懐(ひとなつ)っこい犬みたいなところがあるからね。ううん、犬というよりもトラかな。敵だと思った人には厳しいから」
「なんか、それわかります」