「このお店、わかりにくいでしょう? 店名しか出てないし」
「そう……ですね」

 あいまいな私の返事に、うさぎさんは鏡越しに笑いかけてきた。

「前はいろんなポップを貼ったり料金表も出してたんだけどさ、なかなか流行(はや)ってくれなくってね。『逆になにもしないほうがいい』って言われて、今のスタイルにしたの。完全予約制だから待ちぼうけもないし」

 それは、リョウに言われて? 聞いてみたいけれど言葉は出てくれない。

「今日はどんなふうにする?」
「あ……えっと」

 そもそもどんな髪形にするか決めていなかった。髪を伸ばそうと決めて半年、美容室には行ってなかったから。

 言葉に(きゅう)する私に、「そうねぇ」と鏡越しのうさぎさんは言った。彼女の長い指が私の髪に触れた。

「もう少し軽くしてみたらどうかな? 長さは変えずに、サイドを散らす感じで」
「じゃあ、それでお願い――」
「色も変えちゃおうか」
「え?」

 思わぬ提案に鏡のなかのうさぎさんを見た。

「亜弥ちゃんの髪って黒くて重い感じがするんだよね。たとえばさ、リョウの色より少し濃いみたいなのはどう?」

 リョウ、の言葉に体が硬くなる。同時に、うさぎさんの手が私の髪から離れた。
 なにか言わなくちゃ、と「でも」と言葉を押し出しだ。

「校則で色を変えるのは禁止されてて……」

 答えながら、じゃあリョウの学校はどうなんだろう、と考えてしまう。
 金色や茶色、銀色にすら見える彼の髪色は、高校では絶対に受け入れられない色だろう。
 頭のなかに浸食(しんしょく)してくるリョウのこと。それをうれしいと思う私がいる。

 まだ数回しか会ってないのに、どうして……。

「ちょっと意外。亜弥ちゃんって真面目な生徒なんだ?」

 うさぎさんの声に我に返る。

「真面目、ではないと思います。遅刻ばっかりしていますし」

 今週はあまり学校に行けていない。伊予さんは毎朝同じ時間に起こしにくるし、私も準備をして学校へ向かう。
 けれど、途中で引き返し公園で時間をつぶしてから家に戻る。の、くり返し。
 とはいえ、明日からは期末テストがはじまるから、さすがに行かなくてはならないわけで……。

 きっと明日香は心配しているんだろうな。今朝もメッセージをくれてたっけ……。