「出水……亜弥です」

 自己紹介をする私に、
「え?」
 驚きの声をあげたのはリョウだった。

「亜弥って、出水って苗字なんだ。はじめて知った」

 たしかに苗字は言ってなかった。そんな私たちにうさぎさんは急にゲラゲラ笑い出す。

「なによそれ、友達なのに苗字も知らないわけ? ナンパでもしちゃったの?」
「うるせーよ。まだ友達になったばっかなんだよ。な?」
「じゃ、やっぱりナンパだー」

 おかしそうに指をあごに当てるうさぎさんに悪い印象はなかった。笑うたびに揺れる髪がきれいで、彼女が美容師というのもうなずける気がした。
 自分のそっけない髪形が恥ずかしくて、フードをもっと深くかぶった。

「この子の名前はリョウ。苗字は遠藤(えんどう)だよ」
「いいから早く店に入れよ」

 お客さんに対してとは思えない口調でリョウが言った。

「ああん、冷たいんだから。言われなくても入りますー」

 腕をほどいたうさぎさんが下唇をとがらす。照明を受けたふたりがスポットライトに照らされたみたいに、夜のなかで浮かんでいる。

 とてもお似合いのふたりだ、と思った。

 ひょっとして……リョウはうさぎさんとつき合っているのかも。

 そう思ったとたん、つられ笑いをしていた口がキュッと閉じてしまった。
 もう一度意識して笑みを浮かべても、胸がざわざわしている。

 うさぎさんは、ゴソゴソとエスニック柄の手提(てさ)げからなにか取り出すと手渡してきた。それは、名刺だった。

『宇崎りん』と手書き風の丸文字で名前が記されている。美容室の名前はあだ名そのままの『USAGI』。こちらはゴシック体で書かれていた。

「一度うちの店にも来てよ。リョウも常連なんだよ」
「……はい」
「アプリでも予約できるから。来てくれるとうれしいな」

 名刺の左下にあるQRコードをさす美しい指。赤いマニキュアが(つや)やかに光っている。
 ひととおり宣伝をし満足したのか、うさぎさんは「さて」とリョウに向き直った。

「あたしお腹ペコペコなんだけど」

 甘い声が生まれる。

「だから、行けって言ってるだろ。木月さんいるから」
「リョウが一緒じゃなきゃイヤだー」

 今度は甲高(かんだか)くなる声。